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真島社労士塾スタート

真島社労士塾の教材が、先日ついに届き、いよいよ通信講座のスタートをきった。

う・・・うれし~~~いっ!

だってだってね、真島先生が、

「今まで独学でよく頑張りました。これからは一緒です。当塾のサポートで絶対合格を勝ち取りましょう。」

って。 泣けてきちゃうよ。 孤独感、恐怖感を吹き飛ばしてくれたわ。

そして初真島講義。

あっ、これは・・・絶対相性最高、と確信した。

今まで司法書士受験時代からそれはいろいろな予備校講師の講義を聴いてきたけど、どんなにカリスマといわれる方でも、受験生との相性、ってあると思うんだよね。

私にとっては非常に聴き易い真島先生の講義。

プロボクサーの内藤大助さんをものすごく饒舌なインテリにしたような真島先生の講義(笑)。

優しさがにじみ出てると感じた。

今まで独学で頑張ってきて(そうでもない?)良かったなあ。

だから今は料理も洗い物も洗濯物干しも楽しいひと時。

大音量で講義のCD流してるからね。

お風呂の時も身支度の時も流そうと思ったけど、単純な作業中に聴くのが集中できるみたい。

今回は司法書士試験の時みたいに、めっちゃ落ちこぼれだけど挑戦、ではないのである。

しっかりと合格を見据えて、着々と迷うことなく進んでいると思う。

勉強のやり方を間違えてないと思うんだ。

真島社労士塾のモットー、

反復、反復、理解しながら、また反復。 

うん、これに尽きると思うよ。

10年近くも空回りしながら資格取得のための勉強をしてきた私がやっと出合えたシンプルな原理。

それに基本書、過去問、参考書は一種類でいいんだよね。

今は毎日必ず、勉強している。集中している。

ものすごい高揚感だ。

プチ鬱でどん底の時期は死にたくなったけど、こんなにもワクワク勉強できる時期がくるなんて・・・!

なんてありがたいんだろう・・・、私は本当に幸せである。

あと86日。 やったるで~。

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あと100日!

ドキドキドキドキ・・・

やばい、異様に緊張してきた。

司法書士試験の時はなかった緊張感。

あの時は、「司法書士は無理だ。受かるはずがない。でも・・・諦めない!」という気持ちが本音で、無理やり気持ちを奮い立たせてたのである。

でも今回は気持ちの持ち方が違う。

「社労士試験、受かれば天国、落ちたら地獄。」

などと結構自分を追い詰めている。

落ち着け~落ち着くのだ。冷静に冷静に。

というのも、なんだかんだこの1ヶ月は人が変わったように、勉強してたんだよね。

すっかり勉強モード。

あの春先のプチ鬱が嘘のよう。

グジグジ悩んでるなら、問題解こうぜ、みたいな。

今更ながら、あの時期にあんなに勉強を休んでしまったことが悔やまれるけど、まあ今こんなに本気で取り組んでるんだから、必要な休息だったのかしらん。

清志郎の訃報には取り乱されたけど、そんな時でも基本書に目を通すのは忘れなかったし。

だってだって、今回も不甲斐ない結果になったらシャレにならないってば。

この先100日、社労士試験対策一色で精一杯勉強したいと思う。

今まで使用した教材は基本書と過去問だけなんだけど、このシンプルさって、なかなか良いみたい。

司法書士の時は、いろいろな教材に手を出してしまって、情報が頭の中でごっちゃになってたけど、

今は「おっ、これはあの辺りに書いてあったことだ。」などと、ページの映像が頭に浮かぶというか。

時々、”合格した人はコレを使ってました!”なんて広告で、なんだか良さげに整理された参考書も喉から手が出るほど欲しくなるけど、グッと我慢。

今年はやたらお金がなくて何も買えないのもかえって良かった(?)。

ただ今のこの時期で、過去問を2回転させただけ、という脅威の遅れで、当初の計画と全く違ってしまったのは、全く私らしいけど・・・

これからは私らしくなく戦略的にいこうではないか。

そこで再び吉野敬介先生のお言葉を。

「100日ぐらい頑張れないヤツはこれから先もなにもやらないよ。」

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心に愛があふれているぜ

忌野清志郎への角田光代氏の追悼記事を何度も読んだ。

「これからは清志郎のいなくなってしまった世界で生きていかなければならないというのか・・・。

 どうしよう、まるで迷子。」

・・・そう、どうしよう、だった。

どうしよう、胸が痛い。

どうしよう、心にぽっかり穴が開いちゃったよ。

どうしよう、涙があふれてくる。

彼が逝ってしまった最初の数日間は苦しかった。

だけど一週間が経った今、日々を振り返ってみると、いつも心の中に彼の歌声、彼のメロディーが心地良く響いていたことに気付く。

そして彼のいろいろなエピソードを思い出して、泣き笑いしながら彼のことを想った日々。

そこには愛があふれていた。

涙を無理に止めなくたっていいんじゃない? 愛の涙だもん。

清志郎は先にいってしまったけれど、ここに永遠に消えることのない愛がある。

ああ、清志郎をはじめとする私のカリスマ達に思いきり叫びたい気持ち。

愛してます・・・! と!

面と向かって会ったこともない、話をしたこともないカリスマに対して、これほど酔狂してしまう私や、親友のkayoや、私の姉に対して、他人は思うかもしれない。

イカレてる・・・と。

だけど私は思う。私達のようなファンって、もう最高に

イカシてる!のだと。

心を揺さぶるような音楽や作品と、それに共感するファンの熱い想い。

このような想いがもっともっとちまたに溢れれば、

戦争や殺人なんてなくなるかもしれない。

ピュアな想いは、きっと世の中を良くしていく。

清志郎が残してくれた愛と平和のメッセージを受け継いでいく大勢の彼のファン達。

私はその中の一人として、これからも生きていく。

そんな自分をとても誇りに思う。

清志郎、ありがとう。 安らかに・・・。

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喪失感の行方

今年のゴールデンウイークは身内の危篤の知らせから始まって、昨日の告別式でようやく区切りがついた感じだ。

大好きな親戚のおじいちゃんの死はそれは悲しかったけれど・・・、

ご住職様の読み上げる般若心経の間、私が泣きながら想っていたのは・・・、

愛して止まない、忌野清志郎のこと。

姉に連れられて、何度かライブに足を運んだけど、いつだって彼は胸をきゅんとときめかせてくれる愛しい人だった。

訃報を知らせてくれた親友のメールにしばらく言葉を失った。

今日の読売新聞朝刊に作家の角田光代氏が追悼の記を寄せていたけど、

彼女の言葉には私も同感だった。

縁起でもない話だけど、自己啓発分野のカリスマである勝間和代さんとか枝広淳子さんとか伊藤真先生が亡くなられても、彼らの教えは深く心に残ってるし、こんなにも喪失感はないと思うのだ。

でも・・・清志郎さんを失って・・・なんて言ったらいいのかな。

今までいろいろな有名人の方の死を見てはきたけど、この悲しみは間違いなくダントツに大きなものだ。

ミュージシャンやアーティストに先立たれると、途方にくれてしまうものなんだなあ。

今更ながら、尾崎豊氏やその他カリスマ的なミュージシャンを失ってしまったファンの方達の苦しみが理解できた。

私のカリスマ・・・きょんきょんや佐野元春氏、姉の愛するCHARなどが亡くなってしまったらどうしたらいいのだろう・・・生きていく支えの様なものがなくなってしまう・・・心から怖くなった。

この気持ちがどう癒されていくのか、私にもまだわからない。

今は・・・RCを聴きながら、清志郎さんのご冥福をただ祈るだけだ。

涙の止め方もわからない。

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